いまの80歳や90歳くらいの人って、国は違えどヒトラーとかと同じ時間を過ごしているんだよね。えらいもんだ。僕がそのくらいの年になった時、何がえらいもんか考えたりする。昭和天皇と同じ時を過ごしたのはすごいことかも知れない。911をリアルタイムに見たのは、タイタニック沈没を新聞で見た人と同じくらいすごいことだろうか。そのうち911もラブストーリーになるのだろうか。
—37歳になったわけだが - 元ライターの彫金師への道 (via honishi) (via takaakik) (via dannnao) (via proto-jp)
2009-02-22
(via gkojay) (via mcsgsym) (via dontrblgme) (via nemoi)夫婦の時間やコミュニケーションを犠牲にして子供ばかりにエネルギーを投資するのは、長期的には結婚生活にも子供にもよくない(だいたい子供は、親が思っているほど親と時間を過ごしたいと思っておらず、両親がハッピーで、かつ放っておいてくれるほうが幸せなんだそうです。そう言われると確かにたいへん納得)し、子育てが終わって子供が家を出て行く頃になって急に夫婦だけの関係を再開しようと思っても難しい場合が多い、とのことです。
—Dot Com Lovers: 子はかすがい … ではない? (via yuco) (via raurublock)
2009-02-07
(via gkojax-text) (via darylfranz) (via skamio) (via kiri2) (via biaslook) (via f1at) (via ito1973)夫婦の時間やコミュニケーションを犠牲にして子供ばかりにエネルギーを投資するのは、長期的には結婚生活にも子供にもよくない(だいたい子供は、親が思っているほど親と時間を過ごしたいと思っておらず、両親がハッピーで、かつ放っておいてくれるほうが幸せなんだそうです。そう言われると確かにたいへん納得)し、子育てが終わって子供が家を出て行く頃になって急に夫婦だけの関係を再開しようと思っても難しい場合が多い、とのことです。
—Dot Com Lovers: 子はかすがい … ではない? (via yuco) (via raurublock)
2009-02-07
(via gkojax-text) (via darylfranz) (via skamio) (via kiri2) (via biaslook) (via f1at) (via ito1973)夫婦の時間やコミュニケーションを犠牲にして子供ばかりにエネルギーを投資するのは、長期的には結婚生活にも子供にもよくない(だいたい子供は、親が思っているほど親と時間を過ごしたいと思っておらず、両親がハッピーで、かつ放っておいてくれるほうが幸せなんだそうです。そう言われると確かにたいへん納得)し、子育てが終わって子供が家を出て行く頃になって急に夫婦だけの関係を再開しようと思っても難しい場合が多い、とのことです。
—Dot Com Lovers: 子はかすがい … ではない? (via yuco) (via raurublock)
2009-02-07
(via gkojax-text) (via darylfranz) (via skamio) (via kiri2) (via biaslook) (via f1at) (via ito1973)プロトタイプは決して1台だけ作られるわけではなく、耐久試験用、落下試験用、熱対策試験用といったように、複数を発注するが普通だ。同じスペックのものを複数用意する場合もあれば、部品の組み合わせを変えたモデルをいくつも用意し、その中から最適解を選ぶこともよくある。
後者のケースにおいて、製品の企画担当者は、量産型に採用する可能性がまったくない部品を組み込んだスペシャルモデルを密かに発注する。「こういう部品の組み合わせも試したいから、ちょっと1台オーダーメイドで作っておいてよ」といった大義名分で、製品化できない特注品をこしらえるわけだ。そして、評価試験はそこそこに、終わったあとで自分で引き取って私物化する。市販されておらず、量産品の性能をはるかに上回る、スペシャルモデルが手に入るのである。文字通り、企画担当者の「役得」だ。
この背景には、プロトタイプは会社の資産としては計上されても、在庫としては計上されないという“からくり”がある。企画担当者が「プロトタイプは評価試験終了後に廃棄しました」とか「バラして別の試験に使ったので、組み上がった形では現存していません」などといった理由を社内に通せば、俺仕様なプロトタイプがまるまる手に入ってしまうのだ。予算を管理している企画担当者本人がこれをやると、たいていの場合は発覚せず、トータルで動かす金額の大きさからするとたいした問題ではない。
二歳児である最近は「だっこしてー、だっこー。だっこだっこだっこだっこだっこ」と言葉で主張してきやがる。ぬう、ここは一つ世の中がギブアンドテイクであることをわからせてやろう。
俺「だっこしてあげたら、何してくれるの」
どうだ答えられまい。ふはははは、おとなしく一人で遊んでおれ。俺はこれからネットなどをするぞー!
娘「あのね、嬉しいって言う」
ネットはあとにしよう。
—ズンガリガリガリズンガリガーリ - [生活]だっこだっこ (via 54kan) (via jinakanishi)
2009-05-03 (via gkojay) (via takaakik) (via fukumatsu) (via proto-jp) (via jinon) (via ppparallelll) (via nemoi) (via hm7) (via hicobeli) (via slowsteps) (via desespoirdeigrek)
最近、腕時計をするようになった。十年以上ぶりだ。なぜかというと、携帯電話から少しづつ離れていこうと思ったからで、もともとぼくの場合、携帯を手にとる機会のうちの半分くらいは単なる時間の確認だから、腕時計をするだけで、携帯電話を意識する機会はぐっと減る。まず、今までズボンのポケットに入れていた携帯を、カバンの中に入れるようになるのだ。そして、携帯からのツイッターは書き込み専用にして、タイムライン(人の書き込み)をあまり見ない。はてなアンテナやブックマークも使わない。ようするに携帯からのネット接続をあまりしないようにする。するとどうなるか。ほどなくして、心地よい孤独感がやってくるのだ。シーン……とした感じ。孤独感、なんていうものはネットをやっていようがやってなかろうが、生きていれば誰でもかんじるものだろうから、別にそれ自体は珍しくもないんだけれど、携帯電話というものを物理的にも、意識の上でもすみっこの方に追いやったいま、「やあ、ひさしぶり」というような気やすさでぼくのもとにやってきたこの孤独感というものは、なんだかとても心地よく、携帯電話もインターネットもなかった頃の、日だまりの芝生で寝っころがってばかりいた季節のにおいがする。一時間ごとにピピッと鳴る腕時計。猫のさかる声。郵便配達のバイク音。ポストがコトッてなった時のときめき。バイクの音が遠ざかったことを確認してから(だって、すぐに扉をあけると、なんだか手紙ばかり待っている人恋しい人だと郵便配達の人に思われてしまって恥ずかしいから…)玄関のとびらをあわててあけ、ポストを確認したらさっきの「コトッ」がただの電気屋からの割引きハガキだった!そんな時の落胆。ついでに(あわてて出てきたので裸足だったから…)サンダルをはいて、あったかくなった町に出ると、今はもうなくなったなつかしい路地にはあの頃のままのたくさんのツツジが咲いていて、手の甲でふれるとやわらかい感触とともに、手首からはまた、ピピッと音が鳴り、のぼる太陽が生け垣を、半分だけ輝かせている。
(via:theemitter)s2fm:
via momi.momi3.net
きれいなフォントだなー
(via mascotboy)



